平成15年度産業保健調査研究

 

 

 

エチレンオキサイド滅菌作業における

 

 

ガス曝露防止対策に関する研究

 

 

 

平成16年3月

労働福祉事業団

高知産業保健推進センター

 

 

目  次

はじめに

研究対象及び研究方法

研究結果

  T 病院・診療所におけるエチレンオキサイド曝露評価と安全作業について

 @A病院
  AB病院
  BC病院
 CD病院

U リネン類の滅菌作業を実施している事業所におけるエチレンオキサイド曝露評価と安全作業について

@E事業所
AF事業所
BG事業所

V 滅菌終了後のエアレーション時間などの作業管理に関する要因とエチレンオキサイド高濃度曝露の関連並びに予防対策について

考 察

まとめ

参考文献

 

はじめに

 

 高知産業保健推進センターでは、昨年度の調査研究事業「病院の滅菌作業におけるエチレンオキサイド曝露のモニタリングに関する研究」1)で、病院での滅菌作業や医療機関からのリネン類の洗濯・消毒作業を行う事業所におけるエチレンオキサイドの使用状況や作業環境への影響、作業者への曝露状況について報告してきた。その結果、

 @法規通りの衛生管理が実施されている事業所では、8時間曝露を想定しても、許容濃度を超えるエチレンオキサイドに曝露している事例はなかった。

 Aしかしながら、エアレーション完了後の作業において、被滅菌物の性状により、極めて高い濃度のエチレンオキサイドに曝露する可能性がある。

 Bすなわち、作業者はエチレンオキサイドの急性ないしは亜急性曝露を留意する必要があり、防毒マスク・アイゴーグル・手袋の保護具を必ず着用し、機器の操作手順に関する安全マニュアルに従い、作業することが望まれる。

 C現場では、エチレンオキサイド滅菌装置の新旧や配管状況などによって、エチレンオキサイドガスのリークを認めたケースも存在し、機器の性能やメンテナンスを定期的に点検・管理すべきである。

などが結論であった。しかしながら、昨年度の調査研究では、エチレンオキサイド滅菌機器の使用状況、とりわけ、エアレーション稼働時間と急性・亜急性曝露との関連が不明瞭であり、作業管理の手法として、被滅菌物を考慮した、適切なエアレーション時間の設定を指導する判断材料が不十分であり、さらに、作業形態による慢性曝露の評価を測定事例を増やして検討する必要があるなど、残された検討課題を引き続いて調査研究する必要がある。これらの調査研究を実施するにあたり、昨年度の経験を生かし、協力を依頼した事業所の快諾も得られたため、今年度も継続して「エチレンオキサイド滅菌作業におけるガス曝露防止対策に関する研究」を行うこととなった。

 エチレンオキサイドは特定化学物質障害等予防規則で第2類物質、かつ、特定管理物質として規制されている化学物質である。エチレンオキサイドはエチレングリコール、エタノールアミン、アクリロニトリルなどの有機合成原料、界面活性剤、殺虫剤、殺菌剤、顔料、滅菌ガスなどとして様々な産業現場で用いられている。エチレンオキサイドは、従来より引火性、爆発性があるために、その取り扱いや保管などについて留意するように指導されてきた。さらに、エチレンオキサイドの毒性としては「蒸気を吸入すると低濃度の場合には悪心・吐き気、高濃度の場合には目・皮膚、粘膜を刺激する」と特定化学物質等作業主任者テキスト2)には記載されており、職場での作業者への高濃度曝露を防ぐようにと指導されてきた。このような中、平成13年に厚生労働省はエチレンオキサイドの毒性を鑑み、健康障害の防止対策を徹底するように再度指導を行い、とりわけ、医療機関等での滅菌作業等における予防措置の徹底を指示した。

 今回、労働行政が指導を徹底するようになった背景には、エチレンオキサイドの毒性の見直しがなされたことがあげられる。エチレンオキサイドはWHOWorld Health Organization)の研究機関であるIARCInternational Agency for Research on Cancer, 国際癌研究機構)が早くから、発ガン性のランクをグループ1(ヒトに発ガン性がある物質)として警告してきた。また、日本産業衛生学会はエチレンオキサイドの発ガン性を第1群(人間に対して発ガン性がある物質)、ACGIHAmerican Conference of Governmental Industrial Hygienists, 米国労働衛生専門会会議)はA2(ヒトに対する発ガン性が疑われる)としており、エチレンオキサイドの慢性毒性としての発ガン性を重視したことがあげられる。さらに、皮膚・粘膜への刺激性についても、今回の指導内容では「濃厚な液体が皮膚につくと、水疱ができる」「目にはいると角膜炎を起こすことがある」「蒸気を吸入すると低濃度の場合には悪心・吐き気、高濃度の場合には目・皮膚、粘膜を刺激する」「多量に吸入すると麻酔作用を起こし死亡することがある」とより具体的な警告を掲載している。すなわち、エチレンオキサイドの慢性毒性だけでなく、急性・亜急性の毒性についても、今までの災害・事故事例などから、その管理を徹底する必要があるとの認識に至ったと考えられる。

 近年、職場における生物学的有害要因への対応に関心が集まってきている。中国をはじめとする東アジアでの流行が取りざたされたSevere Acute Respiratory Syndrome (SARS, 重症急性呼吸器症候群)の例を挙げるまでもなく、新感染症の台頭や医療機関での院内感染症の課題などに対応するために、医療現場では様々な滅菌作業が取り入れられており、それに伴って滅菌効果の高い化学物質が使用されるようになってきている。さらには、病院等の医療現場だけでなく、介護施設などの高齢者ケアを行う現場でも様々な滅菌作業が取り入れられるようになってきている。これらの滅菌作業でも用いられる化学物質は次亜塩素酸などの塩素系殺菌剤やエチレンオキサイド、オゾンなどが用いられている。これらの化学物質の使用状況や滅菌作業に伴う特徴として、病原性細菌やウイルスを死滅させるために、殺菌時にはかなり高濃度の化学物質に曝し、滅菌終了後に被滅菌物を取り出す作業をすることになる。滅菌作業に用いられている化学物質は気中への拡散が速いため、気中濃度の変動の激しいことが知られている3)。このような化学物質の衛生管理は従来の労働衛生の手法を用いて管理することが難しいと言われている。その理由として、

@わが国の管理される化学物質は100数十種類と限定されているため、滅菌作業に用いられる化学物質の全てが法規でカバーされているわけではない。

A化学物質管理における環境測定の手法が「場の管理」であるために、労働者への化学物質曝露に関する限られた情報しか得られない。

B労働者の健康状態をチェックする特殊健康診断についても、急性・亜急性の健康影響は訴えが主体となるために把握しにくく、発癌性のような慢性毒性については従来の癌検診の手法が適応できにくい。

C滅菌作業が主に行われる医療・福祉職場では、安全衛生管理体制が不十分な職場が多い。

D滅菌作業に用いられる化学物質は多くが医薬品であるため、MSDS等の情報開示の取り組みが遅れている。

等があげられる。とりわけ、滅菌作業時における労働者への高濃度曝露に伴う健康被害を予防するという観点に課題を絞ったとしても、職場での効果的な衛生管理を実施するには極めて情報が少ない現状にある。

 そこで、本研究では、医療機関等における殺菌作業に注目し、作業遂行に伴うエチレンオキサイド曝露の状況について、通達で指示されているエチレンオキサイドの検知管を用いた「場の測定」と個人曝露サンプラーを用いた個人曝露測定、さらにはリアルタイムでエチレンオキサイドの気中濃度変化を把握することのできる連続測定モニタリング機器を用いての気中濃度測定を実施し、滅菌作業の状況に応じたエチレンオキサイド曝露のリスク評価を実施する。さらに、昨年度の調査研究の結果より、滅菌後のエチレンオキサイドの余剰ガス曝露の程度はエアレーション時間、被滅菌物の性状によるため、これらを考慮した滅菌作業の遂行が必要となる。従って、被滅菌物の性状に応じたエアレーション時間の設定を検討することが、エチレンオキサイド高濃度曝露を防ぐことにつながる。上記のことを検討することが本年度の調査研究の目的となる。

 

 

研究対象及び研究方法

 

 

 エチレンオキサイドは医療機関をはじめとして様々な職場で滅菌作業に用いられている。そこで、本研究では、調査に協力得られた4病院とリネン類の滅菌作業を行っている3事業所を研究対象として選定した。調査協力の得られた4病院(A病院、B病院、C病院、D病院)の規模等は異なるが、週に1〜2回程度の滅菌作業を実施している。滅菌作業に用いている機器は、その被滅菌物の量が異なるため、その能力や大きさはまちまちである。リネン類の滅菌作業を行っている3事業所(E事業所、F事業所、G事業所)は、外部の事業所から依頼され、布団やシーツなどのリネン類をまとめて滅菌している専門の事業所である。外部の事業所には、病院や福祉施設だけでなく、ホテルや旅館なども含まれるため、通常は洗濯するだけ業務であるが、依頼によってはエチレンオキサイドによる滅菌作業を必要とするリネン類も出てくるため、週に1〜2回は大型機器によってエチレンオキサイド滅菌作業を実施している。この2事業所を病院以外に選定した理由は、エチレンオキサイドを頻繁かつ大量に使用しており、労働者への曝露という観点からは、病院の中央材料部職員以上に危険性が高いと考えたからである。

 研究方法としては、あらかじめ各病院や事業所の滅菌作業の状況を把握した上で、滅菌作業を行う際にエチレンオキサイドガスを機器に充填する作業と滅菌が終了してエアレーションも完了して被滅菌物を取り出す作業について、検知管を用いた簡易な「場の測定」による評価、個人曝露サンプラーを用いた個人曝露評価、リアルタイムモニタリングによる環境モニタリング評価の3種類の方法を用いて化学物質曝露の状況を調査することとした。検知管を用いた簡易な「場の測定」については、滅菌作業に入る時と滅菌及びエアレーションが完了して被滅菌物を取り出す時に、後に説明するリアルタイムモニタリングによる環境モニタリングと同時に実施した。使用した機器は北川式ガス検知管(光明理化学工業)とエチレンオキサイド用の検知管(チューブNo.122SD0.1-14.0ppm、光明理化学工業)であり、A測定というよりはB測定に近い手法で評価した。エチレンオキサイドの個人曝露測定については、Passive Diffusion Monitor3M、エチレンオキサイドモニター)を滅菌作業を行う作業者の襟に装着し、できる限り呼吸域に近い空間でのエチレンオキサイド曝露濃度を測定し、TLV-TWAThreshold Limit Values, Time-Weighted Average)と比較することで、過剰曝露か否かを評価することを目的として実施した。エチレンオキサイドは前述したように気中濃度の変動が激しい化学物質であるため、慢性曝露だけでなく、急性・亜急性曝露について検討しておく必要がある。そこで、滅菌作業に入る日と滅菌及びエアレーションが完了して被滅菌物を取り出す日に、8時間曝露を想定して勤務時間の間、Passive Diffusion Monitorを滅菌作業を行う作業者の襟に装着してもらった。さらに、短時間曝露、すなわち、労働衛生学的に言うところのSTELShort Time Exposure Limit)を検討するために、被滅菌物を取り出す際の1015分間の個人曝露測定を実施した。測定したPassive Diffusion Monitorは中央労働災害防止協会大阪労働衛生総合センターに依頼して分析してもらった。リアルタイムモニタリングによる環境モニタリング評価としては、ポータブルVOC(ppb)連続モニタ(RAE Systems)を用いて、作業者の呼吸域及び被滅菌物近くで経時的にエチレンオキサイド濃度をモニタリングした。ポータブルVOC(ppb)連続モニタの測定条件は、10.6eVUVランプを使用し、20秒ごとにサンプリングを実施してポータブルVOC(ppb)連続モニタに測定結果を保存していった。10.6eVUVランプを使用した場合のポータブルVOC(ppb)連続モニタのエチレンオキサイドの測定精度の範囲は0.3200ppmである。また、使用に際しては、あらかじめ付属の活性炭吸収管によるゼロ校正と10.1ppm(空気ベース)のイソブチレンにて一点校正を実施した上で測定した。また、このポータブルVOC(ppb)連続モニタのように紫外線を用いてガス分析を行う機器の問題点としては、環境中に共存する化学物質の影響を受けることがしばしばあるため、医療現場で頻繁に用いられるアルコール類(ここではエタノールとイソプロピルアルコール)の影響を検討するために、測定時にイソプロピルアルコール用の検知管(チューブNo.150U20-1200ppm、光明理化学工業)とエタノール用の検知管(チューブNo.104SA0.05-5.0%、光明理化学工業)を用いてこれらの化学物質が存在するかどうかを検討した。

 個人曝露の測定人数及び回数はA病院で1名で5回、B病院で3名3回、C病院で1名で5回、D事業所6名9回、E事業所で3名5回であった。

 なお、エチレンオキサイドによる健康障害を予防するための許容濃度については表1に示したが、慢性の健康障害を想定した8時間曝露の許容濃度だけでなく、急性・亜急性の健康障害を想定した短時間曝露の許容濃度や天井値の許容濃度が提案されている。

 

表1.エチレンオキサイドの許容濃度について

勧 告 団 体

長時間曝露許容濃度

短時間曝露許容濃度

 ACGIH 1*

 1ppmTWA 4*

 

 OSHA 2*

 1ppmTWA

 5ppmSTEL 5*

 US.CDC.NIOSH 3*

 0.1ppm未満(TWA

 5ppmCeiling value 6*)

 厚生労働省

 1ppm(管理濃度)

 

 日本産業衛生学会

 1ppm(許容濃度)

 

1*American Conference of Governmental Industrial Hygienists(米国労働衛生専門家会

  議)

2*Occupational Safety and Health Administration(米国労働省労働基準局)

3*United States. Center for Diseases Control and Prevention. National Institute

  Occupational Safety and Health(米国・疾病予防センター・国立労働衛生研究所)

4*Time-Weighted Values(時間加重平均値としての許容濃度)

5*Short Time Exposure Limit1015分程度の短時間の許容濃度)

6*Ceiling value(天井値としての許容濃度)

 

研 究 結 果

 

T 病院・診療所におけるエチレンオキサイド曝露評価と安全作業について

@A病院

 A病院は約600床で高度先進医療を提供している大病院であり、外科系の診療科も充実しているために手術件数も多く、週に2回程度、手術器具等を中心に滅菌作業を材料部が行っている。エチレンオキサイド専用の滅菌庫は図1(次頁)に示すような大型の滅菌庫を導入している。通常の衛生管理については、法規通りに特定化学物質の作業主任者を置き、年2回の作業環境測定を実施し、作業時には防毒マスク等の着用が義務づけられている。作業風景は次頁の図2に示すごとくである。

 A病院の材料部では滅菌作業に従事するものが一人であり、さらに、滅菌庫のある作業室が完全に他の部屋と隔離されていたため、エチレンオキサイド曝露測定はその作業者一人に限定して行った。測定については、従来よりエアレーション完了後直ち

 

図1.A病院の材料部におけるエチレンオキサイド滅菌庫

図2.エアレーション完了後の被滅菌物の取り出し作業

に被滅菌物を取り出す場合と一昼夜放置してから取り出す場合の二通りの作業を行っているということで、この二通りの滅菌作業を対象にして測定を実施した。まず、エチレンオキサイドの検知管を用いた気中濃度の測定については、滅菌作業に入る際とエアレーション完了後の滅菌庫の扉を開けるまでは、この二通りの滅菌作業のいずれにおいてもエチレンオキサイドを検出しなかった。エアレーション終了後の被滅菌物の取り出し作業時のB測定については後述するが、ある作業について15ppmを遙かに超える気中濃度となった。それぞれの作業日における個人曝露測定結果を表2に示したが、全体としては日本産業衛生学会の提案する許容濃度(TWA)を上回る曝露濃度を示したケースはなかった。しかしながら、エアレーション後の被滅菌物の取り出し作業について、その間の短時間の作業中の曝露を評価すると、8時間曝露の値に比べて短時間曝露量は一桁高い曝露となっていた。この中のエアレーション直後の取り出し作業時に作業者の呼吸域でエチレンオキサイドの検知管による測定を実施したところ、瞬時に検知管の色が変化し、15ppm以上の濃度となった。そして、ポータブル

表2.A病院材料部におけるエチレンオキサイド曝露濃度結果

氏名

年齢

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

    内 容

TS

 41

 08:10/16:10

480mins

0.008ppm

滅菌作業開始日

TS

 41

 08:22/16:30

 488mins

0.007ppm

エアレーション後、一昼夜置いて取り出し作業日

TS

 41

 10:05/10:20

  15mins

0.150ppm

その際の取り出し作業時

TS

 41

 08:22/16:55

 513mins

0.012ppm

エアレーション6時間後の取り出し作業日

TS

 41

 16:40/16:55

  15mins

0.423ppm

その際の取り出し作業時

TS

 42

 10:05/16:40

 395mins

0.010ppm

滅菌作業開始日

KK

 44

  9:32/16:50

 438mins

0.010ppm

エアレーション後、一昼夜置いて取り出し作業日

TS

 42

  9:42/16:58

 436mins

0.020ppm

エアレーション後、一昼夜置いて取り出し作業日

KK

 44

  9:30/17:20

 470mins

0.260ppm

エアレーション6時間後の取り出し作業日

OC(ppb)連続モニタを用いたエチレンオキサイドの気中濃度のモニタリング結果について見ていくと、図3にエアレーション後に6時間置いた後の被滅菌物取り出し作業時のエチレンオキサイド気中濃度のモニタリング結果を示したが、気中濃度の変化の推移は平均濃度で見ると瞬間的には610ppm程度に上昇していることがわかる(今回、使用したポータブルVOC(ppb)連続モニタでは測定の幅が最小値−平均値−最大値と得られるために図のように表示した)。エチレンオキサイド濃度が高くなるのは被滅菌物に測定器を近づけた時にその傾向が顕著となった。さらに、エアレーション直後に直ちに被滅菌物を取り出した際のエチレンオキサイド気中濃度のモニタリング結果を図4に示したが、一昼夜置いて取り出した場合に比べると、エチレンオキサイド濃度が瞬時に200ppm近くになることが判明した(1645前後の測定結果が滅菌器の扉を開けた直後の気中濃度である)。エチレンオキサイド濃度の変動が激しいがこ

 

図3.エアレーション後に一昼夜置いた後のエチレンオキサイド濃度の変化

 

図4.エアレーション直後のエチレンオキサイド濃度の変化

 

れも先ほどと同様で被滅菌物に測定器を近づけたときの特徴である。今回測定に用いたポータブルVOC(ppb)連続モニタの測定精度の特徴として重要なことに、測定できる上限が約200ppmであることを考慮しなければならない。すなわち、今回の測定結果から見ると、200ppm近くを示した時には最小値、平均値も最大値も同様の値を示していたことから、真の値は200ppmを超えている可能性があるということである。1653前後に再度200ppm前後のピークが認められているが、これは高濃度のエチレンオキサイドの原因となっている被滅菌物を同定するために行った際の測定結果である。被滅菌物の中でも気管内に送管するチューブの中に測定するチューブを入れた際に再度200ppmを超える値を示しており、被滅菌物がチューブのように筒状のものである場合には、エアレーションを完了した後でもその内部にエチレンオキサイドの残留ガスが残っていることを示唆する結果である。このことは、エチレンオキサイド滅菌後に、滅菌物の性状(とりわけ、チューブ状のものやエチレンオキサイドガスを吸収する布団やリネン類などでは残留ガスが残りやすい)によっては、残留ガスの「あおり」を受けて、高濃度のエチレンオキサイドに暴露する可能性があり、表1に示したように、US.NIOSHCeiling Value5ppmと設定していることから、天井値としての許容濃度との比較検討が必要となる。その観点からは、被滅菌物のごく近く(チューブダクトの内部)で200ppmのエチレンオキサイドが残留しており、また、作業者の近くで10ppm5ppmの基準を超えていることから、危険な作業であることがいえる。

そこで、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いた環境モニタリングを行う際に、同時STELの評価も行えるようなモードでエアレーション後の作業内容をチェックすると、従来型の測定結果とその際のSTELの測定結果の推移を図5および図6(次頁)に示した。図5に示した作業はエチレンオキサイド滅菌が終了し、さらにエアレーション後一昼夜(24時間)経過した際に、被滅菌物を取り出した作業であり、図6に示したのはエアレーション完了後6時間程度で被滅菌物を取り出した際の測定結果である。この結果は、前述のエアレーション時間の経過による差、すなわち、6時間か24 時間かという測定結果(図3と図4)とほぼ同様の結果を得たが、問題はSTELの値

図5.Eto濃度の推移とSTEL(24時間後)

である。前回の測定では、STELの評価にPassive Diffusion Monitor3M、エチレンオキサイドモニター)による結果を用いて評価したが、その結果からは6時間で0.423ppm24時間で0.150ppmと共にOHSASTELの許容濃度である5ppmを下回っていたため、安全であると判定したが、今回の結果からは、STELが6時間で8.928ppm24時間では1.964ppmとなり、エアレーション時間が短い場合には、天井値だけではなく、短時間暴露の指標として一般的なSTELについて安全ではないという結論となる。

 また、今回は中央材料部のエチレンオキサイド滅菌装置のある部屋および周辺における環境汚染の程度も測定した。事前のチェックでは滅菌装置に機械的なリークなどは観測されなかった。方法はPassive Diffusion Monitor3M、エチレンオキサイドモニター)を24時間おいた後に分析を行ったが、異常値は認めなかった(表3)。

 

                     図7.中央材料部内部

表3.Eto滅菌装置近辺の環境汚染について

 

 

 

 測定地点

 2/23-24

 2/24-25

 2/26-27

 

 

 

 

 

 

  回収ホール・仕分・洗浄室

 

 

 

  A地点

  N.D.

  N.D.

  N.D.

 

  受付・休憩室

        A地点

 

 

 

  B地点

 0.01ppm

 0.01ppm

 0.04ppm

 

 

  C地点

  N.D.

  N.D.

 0.02ppm

 

 C地点

 

 

 

エアレーション専用

     B地点

 

 

 

 

 

 

            Eto滅菌装置

    N.D.0.01ppm以下

AB病院

 B病院はA病院に比べると規模は小さいが中規模の総合病院である。そのために、滅菌作業を行う専用の部署はなく、滅菌作業を行う小部屋の近辺の病棟の看護師が交代で作業に従事している。滅菌作業の頻度についても週1回程度である。B病院におけるエチレンオキサイドの衛生管理状況としては、法規通りに特定化学物質の作業主任者を置き、年2回の作業環境測定を実施し、作業時には防毒マスク等の着用が義務づけられている。滅菌作業を行い、エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す際のエチレンオキサイド曝露を評価することを目的として、3名の看護師に3回の個人曝露測定とその際のエチレンオキサイドの検知管を用いた測定、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いたモニタリングを実施した。まず、エチレンオキサイド濃度を検知管を用いた測定結果では、滅菌作業を行う際とエアレーション完了後に被滅菌物を取り出す際の作業者の呼吸域近傍でのエチレンオキサイド濃度は0.1ppm以下(測定下限値以下)であった。B病院におけるエチレンオキサイドの個人曝露測定の結果については表3に示したが、日本産業衛生学会の提案する許容濃度(TWA)を上回る曝露濃度を示したケースはなかった。しかしながら、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いた環境モニタリングを実施してみると、図8及び図9(次頁)のようになり、エチレンオキサイドガスの充填による滅菌作業が終了した後のエアレーション中に測定してみると7ppm前後のエチレンオキサイドを検出し、エチレンオキサイドガスを充填中に原因ないしは部位は不明であるが、リークしている可能性が疑われた。エチレンオキサイドの場合、高濃度のものであれば、粘膜への刺激症状やエーテル臭がするため、作業者が気づくのであるが、この程度ではほとんどの場合で放置される。しかしながら、今回の測定結果が大規模事故の予兆的なものである可能性もあり、その旨を衛生管理者に伝えて、定期的な点検を受けることを勧めた。そして、エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す際には、1.5ppm前後のエチレンオキサイドを検出

 

表4.B病院におけるエチレンオキサイド曝露濃度結果

氏名

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

作 業 内 容

TE

    09:20/16:40

 440mins

0.008ppm

滅菌作業に従事しない日、コントロール

NY

    09:11/16:15

 424mins

0.065ppm

エアレーション直後の取り出し作業日

IE

    20:13/20:19

  6mins

0.001ppm

その際の取り出し作業時

 

 

図8.エアレーション完了直前のエチレンオキサイド濃度の変化

図9.エアレーション完了後の被滅菌物取り出し時のエチレンオキサイド濃度の変化

する結果となった。ポータブルVOC(ppb)連続モニタの測定精度を考慮すると、1.5ppm程度の濃度は検出精度としては難しい範囲であるが、残留ガスの存在は確認できた。なお、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いた環境モニタリングを実施した際のエタノール及びイソプロピルアルコールの検知管による測定結果はいずれも0.05%以下と20ppm以下であった(検出下限値以下)。このことから、やはり、このエチレンオキサイド滅菌装置がエチレンオキサイドガスを充填するプロセスないしはエアレーションのプロセスのいずれかにおいて、その程度は不明であるがリークしている可能性を示唆している。そのように考えていくと、個人曝露測定結果において、滅菌作業日の曝露濃度が被滅菌物の取り出し作業に比べて一桁高い曝露であったことの説明ができる。しかしながら、8時間曝露のTWAで評価すると、作業を担当している看護師は通常業務の中で滅菌作業をしているため、全体での曝露は低いものとなり、許容濃度を超えるものではなかったので慢性毒性を発揮するほどエチレンオキサイドに曝露するものではないことがわかる。

 

BC病院

 C病院は地域の開業医であり、診療・透析に使用する器具等を週1回程度エチレンオキサイドによる滅菌作業を外来看護師が行っている。エチレンオキサイドの滅菌装置は専用の滅菌室に設置されているのではなく、手術室の横の物品に設置されている。C病院におけるエチレンオキサイドの衛生管理状況としては、法規通りに特定化学物質の作業主任者を置き、年2回の作業環境測定を実施し、作業時には手袋等の着用を行って作業している。滅菌作業を行い、エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す際のエチレンオキサイド曝露を評価することを目的として、外来看護師1名に5回の個人曝露測定とその際のエチレンオキサイドの検知管を用いた測定、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いたモニタリングを実施した。まず、エチレンオキサイド濃度を検知管を用いた測定結果では、滅菌作業を行う際とエアレーション完了後に被滅菌物を取り出す際の作業者の呼吸域近傍でのエチレンオキサイド濃度は0.1ppm以下(測定下限値以下)であった。なお、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いた環境モニタリングを実施した際のエタノール及びイソプロピルアルコールの検知管による測定結果はいずれも0.05%以下と20ppm以下であった(検出下限値以下)。C病院で

 

表5.C病院におけるエチレンオキサイド個人曝露測定結果

氏名

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

作 業 内 容

    08:55/16:30

 455mins

0.000ppm

滅菌作業開始日

    09:22/16:43

 441mins

0.000ppm

滅菌終了後に、一端ドアを開ける

    09:22/09:32

  10mins

0.000ppm

ドア開閉時

    09:14/16:32

 438mins

0.012ppm

エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す日

    09:14/09:24

  10mins

0.000ppm

取り出す作業

 

 

の滅菌作業は全工程2日間で行われる。初日が被滅菌物をエチレンオキサイド滅菌装置に入れて、エチレンオキサイドガスを充填する。そして滅菌後に一端エアレーションを行い、一定時間経過した時点で一度ドアを開ける。そして、さらにエアレーションを丸一日行い、完了後に被滅菌物を取り出す。そのために、個人曝露測定は滅菌作業の開始から完了までの3日間とドアを開閉する2回の作業に注目し、実施した。その結果は表5(前頁)に示すごとく、日本産業衛生学会の提案する許容濃度(TWA)を上回る曝露濃度を示したケースはなかった。また、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いた環境モニタリングを実施してところ、エチレンオキサイドを検出しなかった。すなわち、C病院の滅菌作業では、高濃度曝露や滅菌装置からのガスリークなどはなかったと判断できる。

 

CD病院

 D病院はB病院と同程度の約150床規模の病院であるが、外科系の診療科が充実しているため、中央材料室における滅菌作業は比較的頻繁に行われている。D病院におけるエチレンオキサイドの衛生管理状況としては、法規通りに特定化学物質の作業

主任者を置き、年2回の作業環境測定を実施し、作業時には防毒マスク等の着用が義務づけられている。今までの法定の作業環境測定結果では管理区分は常に1であり、特に問題点は指摘されてこなかった。中央材料室には、常勤(1名、U氏)の看護師と病棟看護師(2名)が作業を行い、週に2回ないしは3回のエチレンオキサイドを用いた滅菌作業を行っている。滅菌装置は2年前に更新したものであり、エアレーションの作動はあらかじめ設定した通りに行える。

 測定を実施した作業は合計4回で、それぞれエアレーション時間を12時間と6時間の二通りであり、被滅菌物の性状は手術器具や挿管道具等であった。4回のエアレーション後の取り出し作業について、エチレンオキサイドの検知管を用いて測定した際にはいずれも0.1ppm以下であったが、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いたモニタリングを実施したところ、エアレーション後6時間の場合には天井値は約120ppm87ppmであり、STELの値は20.80ppm16.85ppmであり、12時間後の場合には、天井値は約58ppm41ppmであり、STELの値は9.23ppm7.89ppmであった(図10、次頁)。なお、ポータブルVOC(ppb)連続モニタを用いた環境モニタリングを実施した際のエタノール及びイソプロピルアルコールの検知管による測定結果はいずれも0.05%以下と20ppm以下であった(検出下限値以下)。

 さらに、この作業における作業者への長時間暴露を評価するために、Passive Diffusion Monitor3M、エチレンオキサイドモニター)を用いてTWAを評価した結果を表6(次頁)に示したが、許容濃度である常時滅菌作業に従事しているU氏がエアレーション時間が6時間の際に1.46ppmと高くなっていた他は、許容濃度を超える事例はなかった。U氏以外の作業者は、滅菌室にいる時間がU氏に比べて少ないために曝露濃度が低くなっていたものと考えられる。エアレーション時間の長短で比較していくと、6時間の方が12時間に比べて高い傾向にあり、被滅菌物に残留していたエチレンオキサイドガスの影響を受けている可能性がある。B病院やC病院での個人曝露測定値と比べるとD病院でのものは高くなっていたが、それは、作業者が専属で中央材料室に詰めているため、エチレンオキサイドに曝露する時間が長かったためと考えられる。

 

表6.D病院におけるエチレンオキサイド個人曝露測定結果

氏名

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

作 業 内 容

    09:55/16:34

 399mins

0.050ppm

滅菌作業開始日

    09:14/16:43

 449mins

0.240ppm

滅菌終了後に作業(エアレーション時間6時間)

    09:09/16:54

 465mins

1.460ppm

同上

    08:12/16:32

 500mins

0.010ppm

滅菌終了後に作業(エアレーション時間12時間)

    08:14/16:12

 478mins

0.020ppm

同上

    10:02/15:55

 353mins

0.580ppm

エアレーション時間6時間

    09:59/16:34

 395mins

0.240ppm

エアレーション時間12時間

 

U リネン類の滅菌作業を実施している事業所におけるエチレンオキサイド曝露評価と安全作業について 

@E事業所

 E事業所は医療機関ではないが、市内の医療機関やホテル・旅館などからリネン類等の洗濯等を請け負っている事業所である。その中でも、医療機関からの仕事には液糖の付着したシーツなども含まれるため、以前よりエチレンオキサイドを用いた滅菌作業を行ってきた。医療機関におけるエチレンオキサイドガスを用いた滅菌作業との違いは、被滅菌物の量が多いために、大型の滅菌装置を事業所に有していることであり、当然、エチレンオキサイドの使用量も多くなっている。E事業所ではここ数年で滅菌装置を更新しており、新型の滅菌装置を導入している。最近は、滅菌作業の機会を減らすために、まとめて週に1回滅菌を行うようになっているとのことである。その滅菌風景は、図11の写真を見ればわかるように、大型の台車が入るほど内部の容積も大きく、被滅菌物もマットやシーツなど様々であり、医療機関における滅菌作業とは明らかに異なる。E事業所におけるエチレンオキサイドの衛生管理状況としては、法規通りに特定化学物質の作業主任者を置き、年2回の作業環境測定を実施し、作業時には防毒マスク等の着用が義務づけられている。

図11.E事業所における滅菌装置

        エチレンオキサイドによる

      滅菌作業及びエアレーション

が完了した後に、被滅菌物を

      庫内から取り出す。

 

表7.E事業所におけるエチレンオキサイド個人曝露測定結果

氏名

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

作 業 内 容

    08:59/16:55

 463mins

0.000ppm

滅菌作業開始当日に被滅菌物を庫内に入れ、ガス充填従事

TA

    09:02/16:38

 456mins

0.023ppm

滅菌装置のある近傍で作業

YM

    09:04/16:38

 454mins

0.013ppm

滅菌装置のある近傍で作業

TO

    09:11/06:43

 452mins

0.903ppm

滅菌装置の横のガスボンベ室のある部屋でアイロン掛け作業に従事(滅菌中の日)

    08:59/16:51

 472mins

0.000ppm

滅菌作業及びエアレーション完了後に被滅菌物の取り出し作業に従事した日

YM

    08:50/16:50

 480mins

0.005ppm

その近傍での作業

TO

    08:53/16:48

 479mins

0.048ppm

滅菌装置の横のガスボンベ室のある部屋でアイロン掛け作業に従事(滅菌終了日)

YZ

    08:52/16:48

 476mins

0.009ppm

その近傍での作業

    16:40/16:55

  15mins

0.000ppm

滅菌作業及びエアレーション完了後に被滅菌物の取り出し作業時の短時間曝露

    10:30/14:33

 263mins

0.380ppm

滅菌物取り出し作業

    11:23/15:54

 271mins

0.040ppm

滅菌日に近傍で作業

TO

    10:21/16:00

 339mins

0.050ppm

滅菌装置を改善後に,アイロン掛け作業(滅菌中の日)

 E事業所における滅菌作業にはM氏が主に被滅菌物の庫内への出し入れに従事するが、その工程は被滅菌物を庫内に整然と入れ、安全を確認した上でガスを充填し滅菌を行う。エアレーションまでの時間は一昼夜であり、翌日にエアレーション完了を確認して被滅菌物を取り出す。TA、YM、YZの各氏は滅菌装置のある同じフロアーで直接滅菌作業には従事しないが、他の仕事に従事している。TO氏は滅菌作業を行うフロアーの隣の部屋で洗濯物のアイロン掛けを行っているが、その部屋の中には扉を隔ててエチレンオキサイドのガスボンベが設置されているため、念のために、個人曝露測定を実施した。今回の測定を実施した期間中に行ったエチレンオキサイド、エタノール、イソプロピルアルコールの検知管を用いた測定では、それぞれ0.1ppm以下、0.5%以下、20ppm以下(検出下限値以下)であり、環境中にこれらの化学物質は検出しなかった。エチレンオキサイドの個人曝露測定結果を表7(前頁)に示したが、日本産業衛生学会の提案する許容濃度(TWA)を上回る曝露濃度を示したケースはなかった。滅菌作業に直接従事したM氏の個人曝露測定結果はいずれも0.000ppmとなっていたが、従事しなかった他の作業者からは検出されているため、Passive Diffusion Monitorの装着や保管等に問題があったのかもしれない。エチレンオキサイドの滅菌及びエアレーションが完了して、被滅菌物を取り出す際の周辺におけるエチレンオキサイド濃度を図12に示した。13:0513:15まで測定ポイントを滅菌庫内に限定して測定した結果、部分的に(被滅菌物に近づけたときに)平均値で5ppm近くにまで上昇したことはあったが、全体でには高い値は観察されなかった。そのことよりは、毛布が被

図12.エアレーション完了後の被滅菌物取り出し時の

エチレンオキサイド濃度の変化

 

図13.布団の中の

     エチレンオキ

     サイド濃度を

     測定する

図14.エチレンオキサイドガス充填時のガスボンベ設置の室内での濃度の変化

滅菌物であったためにその中に測定チューブを入れた際に45ppmを上回る値が計測された(図13)。このことは、被滅菌物が毛布やマットレスのようにガスを吸収する素材のものである場合には、一端吸収されたエチレンオキサイドガスは通常のエアレーションでは簡単に抜けないことを示唆しており、被滅菌物の種類によって充分に注意する必要のあることを物語っている。翌年の調査研究でも、数回の測定を試みたが、17ppm38ppm29ppmと同様の結果が得られ、リネン類がエチレンオキサイドガスを吸収していることがわかった。E事業所では昨年の調査結果を受けて、ガス滅菌を行った後のリネン類をすぐに洗濯することでガスを抜くようにしているとのことであった。そうすることで、残留エチレンオキサイドガスの高濃度暴露を避けるようにできるのではないだろうか。

 滅菌作業に従事したM氏や滅菌庫のあるフロアーで働いていた同僚についてのエチレンオキサイドの個人曝露量は極めて低い値であったが、TO氏一人だけが許容濃度は超えてはいないが二桁高い値を示していた。とりわけ、滅菌作業開始日の個人曝露

濃度は0.903ppmであった。TO氏は滅菌庫と扉を隔てた室内でアイロン掛け作業に従事しており、全く滅菌作業とは無縁であった。比較的高い濃度を示したのは滅菌庫にエチレンオキサイドガスを充填している日であり、エアレーション完了後の翌日には0.048ppmと他の作業者と同程度の曝露レベルまで落ちてきた。原因としては、ガス充填ないしはエアレーション作業中に何らかのリークが考えられるため、ガスボンベの保管してある室内の気中濃度をモニタリングした結果を図14に示した。16:42くらいからボンベ室の扉を開けると、40ppm程度のエチレンオキサイドを検出し、場所によっては60ppm近い高濃度のエチレンオキサイドガスを検出した。元々が狭いボンベ室であるため、10分程度扉を開放しておくと、エチレンオキサイドガスは拡散したが、このボンベや配管ダクトにガスリークがわずかながらでもあることは間違いなかった。そのことで全く滅菌作業に従事しないTO氏の個人曝露濃度が上昇したと考えられる。

 このことをE事業所の衛生管理者と相談した結果、業者によってリーク箇所の修理を行い、翌年同様の調査測定を実施したところ、表7の最後に示したように、エチレンオキサイドガス充填時の日でも0.050ppmと低値を示し、機器の修理を行った効果のあったことが実証された。今回、E事業所で発生したような機器やポンプ・配管からのリークは他の事業所でも予想されるため、機器の点検等を実施し、場合によってはエチレンオキサイドガスのリークを測定して点検することが必要となるであろう。

 

AF事業所

 F事業所は医療機関ではないが、市内の医療機関やホテル・旅館などからリネン類等の洗濯等を請け負っている事業所である。その中でも、医療機関からの仕事には液糖の付着したシーツなども含まれるため、以前よりエチレンオキサイドを用いた滅菌作業を行ってきた。医療機関におけるエチレンオキサイドガスを用いた滅菌作業との違いは、被滅菌物の量が多いために、大型の滅菌装置を事業所に有していることであり、当然、エチレンオキサイドの使用量も多くなっている。F事業所でエチレンオキサイド滅菌作業に用いている機器は図15(次頁)に示したように古いタイプの機種である。F事業所でも滅菌を必要とする外部からの依頼は多いが、滅菌作業の機会を減らすために、まとめて週に1回滅菌を行うようになっているとのことである。その滅菌風景は、図16の写真(次頁)を見ればわかるように、大型の台車が入るほど内部の容積も大きく、被滅菌物もマットやシーツなど様々であり、医療機関における滅菌作業とは明らかに異なる。F事業所におけるエチレンオキサイドの衛生管理状況としては、法規通りに特定化学物質の作業主任者を置き、年2回の作業環境測定を実施し、作業時には防毒マスク等の着用が義務づけられている。

図15.F事業所のエチレンオキサイド滅菌装置

  左上が滅菌庫の扉で表面は木製

   左下が操作パネル

   右上は滅菌庫の側面でエチレンオキサイドガス

  充填及びエアレーションする配管ダクトである

 

図16.エアレーション完了後の被滅菌物の取り出し作業風景

 

 F事業所における滅菌作業は週の金曜日の夕方から被滅菌物の格納や滅菌装置の可動を開始する。滅菌及びエアレーションは翌日の土曜日夕方には完了するが、被滅菌物の取り出しは翌週の月曜日の朝に行う。これはエチレンオキサイドの毒性や機械の性能を考慮して、エアレーション後も一日おいて作業するという現場での工夫である。エチレンオキサイドの個人曝露測定の対象者には直接滅菌装置の運転に携わり、被滅菌を取り出す作業者3名に5回実施した。なお、今回の測定を実施した期間中に行ったエチレンオキサイド、エタノール、イソプロピルアルコールの検知管を用いた測定では、それぞれ0.1ppm以下、0.5%以下、20ppm以下(検出下限値以下)であり、環境中にこれらの化学物質は検出しなかった。個人曝露測定結果を表8に示したが、日本産業衛生学会の提案する許容濃度(TWA)を上回る曝露濃度を示したケースはなかった。しかしながら、F事業所での今回の被滅菌物の多くがシーツであったためか、一日おいた月曜日に滅菌庫内のエチレンオキサイド濃度をモニタリングした結果(図17、次頁)をみても3045ppmという高い気中濃度が観測されることもあった。

滅菌終了後のシーツ類は未だ乾いておらず濡れた状態にあり、これに染みこんだエチレンオキサイドが完全にエアレーションされていないことが考えられたため、図18(次頁)のようにシーツの中に測定チューブを入れてモニタリングするとやはり10ppm近くの値を示しており、検知管を用いた測定結果でも1.2ppmの値を示していた。

 

表8.F事業所におけるエチレンオキサイド個人曝露測定結果

氏名

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

作 業 内 容

  08:33/16:30

 477mins

0.007ppm

夕方から滅菌作業を開始する日の測定

    08:38/16:30

 472mins

0.000ppm

同上

    09:10/16:20

 430mins

0.000ppm

エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す日

    09:14/09:24

  10mins

0.000ppm

エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す(短時間)

    09:11/16:20

 429mins

0.000ppm

エアレーション完了後に被滅菌物を取り出す日

 

図17.エアレーション完了後の被滅菌物取り出し時のエチレンオキサイド濃度変化

図18.滅菌済みのシーツにエチレンオキサイドの検知管を挿入して測定する

 

BG事業所

 G事業所はA病院のリネン部に派遣されたE事業所の従業員であり、その意味ではE事業所と考えてもよいのであるが、設備等はすべてA病院のものを使用しているため、独立した事業所として今回調査を行った。さらに、図19(次頁)をみてもかわるように、大型のエチレンオキサイド滅菌装置を有しており、E事業所やF事業所の滅菌装置とも異なるタイプであるため、調査対象とすることとした。G事業所にはE事業所より常時7〜8名前後の労働者が派遣されており、リネン類の洗濯に当たっているが、A病院が600床前後の高度総合病院であるため、処理すべきリネン類も多く、週1回ではあるが大量に滅菌作業を行っている。

 エチレンオキサイド滅菌作業の工程は、滅菌開始日の夕方に図19にあるように被滅菌物を装置にセットして、エチレンオキサイドガスを充填する。そして、18時間のエアレーションをかけた後、すなわち、翌日の午前中に滅菌済みのものを取り出す(図20)。作業者の話では、最近になってエチレンオキサイドのガスの毒性が問題になり、防毒マスクや手袋を着用するようになったが、以前はそのようなものはせず、さらに、エアレーション時間も不十分のまま(1時間程度)で、被滅菌物を取り出していたため、作業時は刺激臭のある臭いのために作業後には30分程度頭痛とめまいでしばしば休まないと仕事を続けることができなかったとのことであった。現在では、

図19.G事業所におけるエチレンオ

    キサイド滅菌装置

左上:滅菌前に病棟より集められたリ

ネン類を医療廃棄物用のビニール袋よ

り取り出し、滅菌装置にセットする

右上:左上の隣の部屋には滅菌装置の

取り出し口とガス配管設備がある

左下:使用するエチレンオキサイドは

純度10%のものを使用する

図20.滅菌終了後に被滅菌物を取り出す作業風景

作業マニュアルを作成して、作業手順の遵守やエアレーション時間の設定(現行の18時間)を行い、法規に従った作業環境測定を実施している(第1管理区分)、しかし、まれに、配管からのリークを疑うようなことがあるため、点検などの配慮が必要となる、とのことであった。

 作業者への個人曝露や室内環境汚染の状況を検討するために、滅菌作業に従事する作業者Bにエチレンオキサイド滅菌を準備し、定期的に点検している日(図19、前頁)と翌日の滅菌済みのリネン類を取り出して洗濯作業を行う日(図20、前頁)の両日で、Passive Diffusion Monitorを装着してもらい、個人曝露を評価した。また、エチレンオキサイド滅菌前後の室内へのエチレンオキサイドの環境汚染状況を検討するために、滅菌装置のある前室(図19左上、前頁)と後室(図19右上、前頁)にPassive Diffusion Monitorを設置しておいた。これらの調査の結果は表9に示したが、作業者の個人曝露という観点からは許容濃度の1ppmを超えるものではなかった。これは滅菌室での作業時間が短いために、TWA換算では少なくなるためと考えられる。しかしながら、滅菌室内の環境汚染という観点からは、滅菌終了後の非滅菌物(リネン類)の取り出し日の濃度が前室と後室共に1ppm近くあり、長時間この場所で作業を行うには適していないことがわかる。作業者はこのことを十分に理解して、窓の開放や換気扇の作動などに注意すべきであろう。

 

表9.G事業所におけるEto個人曝露測定及び室内環境汚染結果

氏名

測定開始/終了時刻

測定時間

曝露濃度

作 業 内 容

  08:33/16:30

 477mins

0.010ppm

滅菌作業準備(個人曝露)

    08:38/16:30

 472mins

0.060ppm

取り出し作業(個人曝露)

定点

    09:10/16:20

 430mins

0.070ppm

滅菌装置前室(滅菌前・最中)

定点

    09:14/16:24

 430mins

0.090ppm

滅菌装置後室(滅菌前・最中)

定点

    09:11/16:20

 429mins

0.970ppm

滅菌装置前室(滅菌後)

定点

    09:15/16:30

 435mins

1.080ppm

滅菌装置後室(滅菌後)

定点

    09:30/17:02

 452mins

0.060ppm

滅菌装置前室(非滅菌日)

定点

    09:36/17:10

 454mins

0.060ppm

滅菌装置後室(非滅菌日)

 

図21.被滅菌物としての医療廃棄物

  左上:各病棟から集められるリネン

 類で感染性廃棄物と考えられるもの

 はピンクのビニール袋に入れられて

 いる

  左下と右上:ビニール袋には感染症

 の病名(たとえば、C型肝炎やMRSA

 が記載されている

 

 

 G事業所は大病院内部にあるリネン部であるため、エチレンオキサイド滅菌の対象となるもののほとんどが感染性、ないしはその疑いのあるリネン類である。図21に示したように、HCV(+)MRSA(+)の記載が認められ、その取扱量は病院の規模が大きくなればなるほど多くなる。B型肝炎、C型肝炎、MRSA、場合によってはエイズなどの細菌やウイルスに汚染されたリネン類を取り扱うことになる。このことは、労働者が生物学的有害要因に曝露するという、深刻な課題を提示しており、その意味から、完全な滅菌による安全な作業の確保は重要になるが、今回の調査研究のテーマである有害化学物質を用いた作業に関してもその安全性が担保される必要がある。これらの毒性や危険性は最近になってようやく知られるようになったせいか、様々な現場で以前は安全性をチェックせずに作業してきたため、「現在の健康状態に不安が残る」「既に多くの感染症を経験している」などの声を聞いた。労働衛生の観点からは、この作業に関する総合的な安全衛生面でのアドバイスや指導の確立が今後必要となるであろう。

 

V 滅菌終了後のエアレーション時間などの作業管理に関する要因とエチレンオキサイド高濃度曝露の関連並びに予防対策について

 昨年と今年にかけて実施した調査研究結果から、エチレンオキサイド滅菌作業を行う際には、滅菌機器やエチレンオキサイドのガスボンベからの配管に以上がない限り、エチレンオキサイドの長時間曝露が日本や国際機関の多くが提案する許容濃度1ppmを超えることはない。

 しかしかがら、問題となるのは滅菌終了後のエアレーション時間の長短や被滅菌物の性状、滅菌機器の大きさなどによって短時間曝露が許容濃度を超えることがあるので現場ではそのことを留意すべきであろう。ここに滅菌作業終了後の短時間曝露を天井値(Ceiling Value)とSTELに分けてどのような値を示すのかを表10にまとめた。なお、短時間曝露の許容濃度はCeiling ValueSTELともに5ppmを参考値として採用する。Ceiling Valueについては、12時間未満のエアレーション時間では100ppm

表10.エアレーション時間と短時間曝露濃度の比較検討

短時間曝露指標

測定値

エアレーション時間

摘   要

Ceiling Value

 200ppm 

   6時間

 小型滅菌装置、チューブ類

Ceiling Value

200ppm

     6時間

 小型滅菌装置、リネン類

Ceiling Value

 120ppm

     6時間

 小型滅菌装置、チューブ類

Ceiling Value

  87ppm

   12時間

 小型滅菌装置、チューブ類

Ceiling Value

  22ppm

   24時間

 小型滅菌装置、リネン類

Ceiling Value

  10ppm

   24時間

 小型滅菌装置、チューブ類

Ceiling Value

   2ppm

   24時間

 小型滅菌装置、チューブ類

Ceiling Value

  45ppm

18時間+1日放置

 大型滅菌装置(古)、リネン類

Ceiling Value

  10ppm

   24時間

 大型滅菌装置(新)、リネン類

STEL

  10ppm

     6時間

 小型滅菌装置、チューブ類

STEL

   9ppm

     6時間

 小型滅菌装置、チューブ類

STEL

   8ppm

   12時間

 小型滅菌装置、チューブ類

STEL

   2ppm

   24時間

 小型滅菌装置、チューブ類

 

程度の残留エチレンオキサイドガスに曝露する可能性があり、この程度のエアレーション時間では不十分であることがわかる。エチレンオキサイド滅菌装置が医療機関で設置されている小型の場合とリネン類の洗濯を業とする事業所などで用いられている大型のものを比較すると、被滅菌物の内容量の違いなども影響してくるが、大型滅菌装置の方がエチレンオキサイドガスが残留しやすい傾向にあった。さらに、被滅菌物の性状として、チューブや機材などのものに比べてリネン類の方がエチレンオキサイドガスを吸収するため、残留しやすく、さらに、その後も徐々に気中に放出するため、危険性は高いと考えられる。今回の結果からは、24時間のエアレーションをかければ、一時的に放出されるエチレンオキサイドによる高濃度曝露は予防できると考える。STELに関しては、12時間程度のエアレーション時間では許容濃度を超えるエチレンオキサイドに曝露していることがわかった。Ceiling Value同様に24時間のエアレーションを経れば、許容濃度以下に抑えることができる、というのが今回の調査研究の結論である。

 

考  察

 

 2年間の調査研究では限られた期間に可能な限りの産業現場を対象にして、様々なリスクを想定して検討を行ってきた。現在の産業現場(医療機関だけではなく、エチレンオキサイド滅菌作業を業務として行っている事業所を含む)における滅菌作業における問題点を把握することができた。前述したようにエチレンオキサイドが特定化学物質の1つとして管理されるようになった理由の大きなものは発癌性化学物質として国際的には管理されているからである。しかし、エチレンオキサイドの毒性はこのような慢性の毒性だけでなく、急性・亜急性毒性についても留意する必要がある。国際的にはOSHA(米国労働省労働基準局)やNIOSH(US.CDC、米国国立労働衛生研究所)などは短時間曝露や天井値に許容濃度を設ける、などしている。このような考え方の背景には、滅菌作業中に皮膚粘膜の刺激症状として、眼や呼吸器の障害(死亡事例)も報告されているからである。現在では、このような障害をもたらす急性ないしは亜急性の曝露量を評価する手段は環境モニタリングしかないと考えられているため、実際の現場での調査事例のデータは実に貴重な証拠を提示してくれるわけであり、今後の衛生管理に生かされるべきであると考える。

 今回の調査事例を見ると、通常行われるエチレンオキサイドの検知管を用いたA測定や国際的に行われている個人曝露測定結果で見ていくと、日本の厚生労働省が提案している管理濃度や日本産業衛生学会の提案している許容濃度である1ppmを超える事例は1例のみで、多くの事例では許容濃度を超えていなかった。さらに、調査対象である7事業所におけるエチレンオキサイドの衛生管理の状況は、法規通りに行われており、年間2回実施している作業環境測定結果を閲覧させて頂いても管理区分は1と、問題はなかった。この他、通達が出されてからは、作業主任者の選任、防毒マスクの支給等も実施されており、衛生管理上は問題はなかった。

 しかしながら、今回の調査結果からもわかるように、エアレーション完了後のエチレンオキサイド濃度の評価を見ても、A病院やB病院、D病院、E事業所、F事業所のように保管庫内にはエチレンオキサイドが残留している被滅菌物が存在し、これらを取り出す際には瞬時に高い濃度のエチレンオキサイドに曝露する可能性のあることを示唆していた。NIOSHは天井値として5ppmを提案しているが、今回の測定結果では50ppm、場合によっては200ppmという濃度まで達していた。作業者は防毒マスクは装着しているものの、アイゴーグルや手袋まで着用している事例は少なく、その意味では皮膚・粘膜の障害の恐れが依然存在している。すなわち、現在の厚生労働省の通達や指導による職場の衛生管理の手法だけでは、この作業のリスクを正確に鱈得きれない可能性があり、エアレーション作業の設定や終了後の安全作業手順を徹底する必要性が示唆された。また、今回の調査事例からみると、エチレンオキサイドの残留濃度の高かった被滅菌物はチューブのように筒状で中に空気が残るものやシーツや布団のように素材的にエチレンオキサイドが染みこんでしまうものなどが注意を要するものであることがわかった。そのために、エアレーション作業終了後の労働衛生保護具としては。防毒マスクだけでなく、アイゴーグルや手袋の着用も必要となるであろう。

 いずれにしても、現行行われている「場の測定」という考え方に基づくA測定だけでは、エチレンオキサイドの危険性の所在や安全な取り扱いを保障することは難しいのではないかと思われる。これに変わる方法、すなわち、エアレーション終了後にドアを開けたときの中の安全性をその場で確認できるような簡易な手法を開発するか、内部のエチレンオキサイド濃度を必要に応じて表示できる装置を機器に取り付けることを義務づけるなどの配慮が必要になるであろう。このことは、エチレンオキサイドだけでなく、広く滅菌作業に使用されている塩素やオゾンなどの化学物質にも共通していえることであり、産業現場での生物学的有害要因への対応が広く叫ばれる中、安全対策を急ぐ必要がある。

 さらには、エチレンオキサイド滅菌装置の新旧や設置状況、配管状況などによっても滅菌中やエアレーション中にエチレンオキサイドのガスがリークする可能性があることがわかった。大量にリークしていれば現場で気づくこともあるであろうが、わずかのリークである場合には不備・不良箇所を発見できないことも考えられる。その時のリークによる近傍作業者への曝露量もE事業所の例からもわかるように許容濃度すギリギリ、ないしは許容濃度をオーバーすることも予想されるため、このような事態をあまり過小評価しない方がよいであろう。US.NIOSH(米国国立労働衛生研究所)は1989年に“Ethylene oxide sterilizers in health care facilitiesEngineering controls and work practices7)という報告書をまとめ、医療機関等におけるエチレンオキサイド滅菌装置の取り扱い方法や工学的管理、点検マニュアルなどを具体的に提案している。今回の調査研究結果からもわかるように、現場では滅菌装置の不十分な安全管理が原因であろうエチレンオキサイド高濃度曝露が存在するため、職場への労働安全衛生管理や指導にはこのような観点からの情報提供を行うべきであろう。

 今回、調査研究の対象として事業所はいずれも通達が出された後に、衛生管理を徹底してきた事業所であるが、現場で調査している最中に作業者から聞いた苦情は、今までにかなりずさんな管理をしてきた時期があり、既に多くのエチレンオキサイドを吸い込んでいるのではないか、エチレンオキサイドの発癌性が心配である、という内容であった。最新の疫学研究8,9)によると、エチレンオキサイド曝露者のコホート追跡によって確認された癌は骨の癌だけであり、従来より指摘されてきた消化器系の癌や血液系の癌は有意な差を認めなかったため、エチレンオキサイドの発癌性については見直す必要があるのではないか、という要旨であった。エチレンオキサイドの発癌性は以前より不明瞭な点が指摘されており、さらには、健康管理の手法の適応をどのようにするのか、エチレンオキサイドによる健康障害を早期に把握する有効かつ具体的な特殊健康診断がハッキリしない現在、現場で健康管理をどのように実施していくのか、課題として残った。 

 

ま と め

 

 エチレンオキサイドを用いた滅菌作業時の作業者への高濃度曝露を検討した結果、法規通りの衛生管理が実施されている事業所では、8時間曝露を想定した許容濃度と比較しても取り分け高い濃度のエチレンオキサイドに曝露している事例はほとんどなかった。しかしながら、エアレーション完了後の作業において、被滅菌物の性状により、極めて高い濃度のエチレンオキサイドに曝露する可能性のあることがわかった。その程度はエアレーション時間の短さ(12時間未満)や非滅菌物の性状(リネン類など)に影響することがわかった。作業者はこの点に留意し、滅菌終了後の作業では、防毒マスク・アイゴーグル・手袋などの保護具を必ず着用し、さらには、機器の操作手順に関する安全マニュアルに従う必要がある。また、事業所においては、エチレンオキサイド滅菌装置の新旧や配管状況などによっては、エチレンオキサイドガスのリークなどもあるようで、機器の性能やメンテナンス等を定期的に管理すべきである。

 最後に、本調査研究の実施にあたり、ご協力いただいた医療機関や事業所に深謝いたします。

 

 

 

参 考 文 献

 

1)平成14年度産業保健調査研究 病院の滅菌作業におけるエチレンオキサイド曝露のモニタリングに関する研究、高知産業保健推進センター、2004年3月.

2)厚生労働省安全衛生部化学物質調査課編、特定化学物質等作業主任者テキスト、p40-42、中央労働災害防止協会、2001年.

3)甲田茂樹、熊谷信二:医療現場における有害化学物質曝露とその管理、メディカル朝日、10月号、p47-511996年.

4)Koda S., Kumagai S. and Ohara H.: Environmental monitoring and assessment of short-term exposures to hazardous chemicals in a sterilization process in hospitals working environments.  Acta Medica Okayama, Vol.53, No.5, p217-223, 1999.

5)産業医学振興財団、酸化エチレンによる中毒、化学物質による中毒−ガス中毒−(産業医学シリーズ4)、p59-681991年.

6)ACGIH., 2003 TLVs and BEIs based on the documentation of Threshold Limit Values for chemical substances and physical agents and Biological Exposure Indices. 2003

7)US.NIOSH.:Ethylene oxide sterilizers in health care facilitiesEngineering controls and work practices.(Current Intelligence Bulletin 52), US.NIOSH. Cincinnti, 1989.

8)Axelson O.: Ethylene oxide and cancer. Occup Environ Med, Vol.61, No.1, p1, 2004.

9)Steenland K., Stayner L., Deddens J.: Mortality analyses in a cohort of 18,235 ethylene  oxide exposed workers: follow up extended from 1987 to 1998., Occup Environ Med,   Vol.61, No.1, p2-7, 2004.

 

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